夏だね

都会に来て間もなかったあの頃、電車の窓から見れば全てが目新しくて、ねえあの雲クジラみたいだよ、って子どもみたいにはしゃいだ。裸足の裏に幾つもの傷を隠していても、麦わら帽子はしっかりかぶって、白のワンピースは洗いたてで、爪先には星空を映してた。
ねえお父さん、何も教えてくれなかったんだから一つくらい教えてよ。嘘つきは遺伝するの?

肌を打つ雨粒が心地よい、もうすぐ蝉しぐれが街を覆うんだろう。何も知らないままに戻れたらいいのに、思い出は思い出で完成されしまっている。
ごめんね。ごめんね。好きと言えば好きと返ってくる事実がかえって苦しくて、群青の空が滲んだ。
暗澹たる空気を孕んだこの場所に、少しでも光がありますように。祈ることしかできない私に、この先を見通せる力があればな。

犬の鳴き声が聞こえる。さっきブレーカーが落ちて読めなかった本をまた開いてみようかな。